碧旻翔鶴 (へきびんしょうかく)

2016年6月の記事一覧

碧旻翔鶴(トリビア) 可能性を信じる(期待するって勇気くじき?)

可能性を信じる
(期待するって勇気くじき?)



「期待しています」
「優秀な生徒です。」「あの人はこういう人だよね。」
という、人に対する期待や思い。口にすることはありますか?
人をほめるような、よい言葉として使っているように感じるけれど
時にこんなことが起こるのを見聞きします。
「こんな人だとは思わなかった。」
人を否定する言葉の使い方を「勇気くじき」ともいいます


良いイメージを持って人を見るというのは素敵なこと。
ただ、ちょっと怖いなあと思うのが・・・・
期待する側の、期待した通りの「結果」に満たないとき
「こちらの作り上げたイメージと違った」それだけ
相手の事実お構いなしに、「こんな人だとは思わなかった。」
「普通」を飛び越え、一気にイメージを悪くする。経験ありませんか?



例えばそうですね
「オリンピックの金メダル間違いなし!!」「この選手なら勝ってくれるに違いない。」
がいつしか「そうであらねばならない。」へ
かつて、過度の期待により、喜ばしい結果さえ「残念」「期待外れ」なんてニュースになったことも
苦しい練習やつらい時間も乗り越えて結果を出そうとして挑戦したこと
同じことをしようと思ったら、とても真似できない人並みならぬ努力
積み重ねてきたものがある。思わぬ結果が悔しいのは誰より本人

事実や現実よりも、イメージが先行する怖さ
「期待する」考えてみると、慎重に使いたい表現に思えます。
応援したい。
せっかくの気持ちが適切に伝わりますように



じゃあ、どうしたら人への応援の気持ちや支えたい気持ちが伝わるだろう?

「人の可能性を信じる」
という、言葉に置き換えてみるってどうかしら?
その人の人となり、日々の姿勢を、思いやりを持ってみつめる
人にも、自分にも「こうあるべき」「こうすべき」という視点を捨てて自由にしてみる


どんな可能性を感じますか?